著名な投資家であるビル・アックマン率いるパーシング・スクエアは、2022年初頭に11億ドルを投じてNetflixの株式を大量取得した。しかし、同年4月の決算発表での契約者数減少報告を受け、アックマンは不確実性を理由に全株を売却した。
この決断により、約600億円の損失を被ったのみならず、Netflix株価がその後149%以上も上昇したことで、約2,400億円規模の利益を逃すこととなった。過去に数々の成功を収めたアックマンにとって、この選択はキャリアにおける最大の失策の一つとされる。
空前の株価上昇を前に、売却を早まった決断の背景には、経営改革を求めるアクティビストとしての戦略と市場の変化に対するリスク回避が絡む。しかし、結果として巨額の機会損失を生んだ点は、投資界における重要な教訓となるだろう。
Netflix株の急落とパーシング・スクエアの決断

Netflixの株価急落は、パーシング・スクエアにとって大きな岐路となった。2022年1月、同社はNetflix株を約11億ドル投じて購入し、上位株主に名を連ねた。しかし、わずか3カ月後の4月、Netflixが発表した四半期決算で、契約者数の純減が約20万人に達したことが明らかとなり、市場は大きく動揺した。これを受けて株価は174ドルまで急落し、アックマンは保有株を即座に売却した。この時点での損失は約4億ドルに上ったとされる。
売却の決断に至った背景には、Netflixのビジネスモデルの変化がある。同社はストリーミング市場の競争激化に伴い、広告付きプランの導入やパスワード共有の取り締まりを発表し、新たな収益源の確保に動いていた。しかし、アックマンはこれを「Netflixの根幹を揺るがす不確実な戦略」と判断し、ポートフォリオのリスクを軽減する目的で売却に踏み切ったとみられる。この決断は短期的には妥当なリスク管理ともいえるが、結果としてNetflixの反転上昇により大きな機会損失を招いた。
アックマンの投資手法は、企業の経営改革を促しながら長期的な成長を見込むスタイルが特徴的である。しかし、Netflixのケースでは、彼のアクティビスト投資のアプローチを発揮する時間がなかった点も売却の要因となった可能性がある。これは、パーシング・スクエアの投資が、経営に直接介入できる企業ほど成果を上げやすいことを示唆している。
長期投資の視点から見るNetflix株の上昇
Netflix株はアックマンの売却後も低迷が続いたが、その後、企業の戦略転換が奏功し、株価は急回復した。特に、広告付きプランの導入は当初懐疑的に受け止められたものの、結果として新規契約者の増加に寄与し、安定的な収益源となった。また、パスワード共有の取り締まりにより、無償利用者が有料プランへ移行する動きも強まり、収益改善につながった。
さらに、Netflixは独自コンテンツの強化にも力を入れた。話題作の制作と国際展開を推進し、韓国ドラマや欧州発の作品が世界的な成功を収めたことで、新たな契約者層を獲得した。これにより、同社の収益基盤はより安定し、2025年1月時点での株価は955.85ドルと、売却時点の約2.5倍に達した。
アックマンが売却を決断した時点では、市場全体がNetflixの成長鈍化を懸念していた。しかし、ストリーミング市場におけるNetflixの競争力は依然として高く、結果的に長期保有のほうが有利な選択だったといえる。パーシング・スクエアの売却による機会損失は、長期視点での投資判断の重要性を浮き彫りにした。
投資判断の難しさとアクティビストの影響力
アックマンはこれまで、多くの企業に対して積極的な経営改革を提案し、大きな成功を収めてきた。Chipotle Mexican Grillでは食品安全問題後の改革を支援し、Wendy’sではカナダのTim Hortonsの分離を主導し、企業価値の向上に貢献した。しかし、Netflixのように、短期間での介入が難しい企業に対しては、彼の手法が通用しにくいケースもある。
アクティビスト投資家としてのアックマンの影響力は依然として強いが、Netflixの一件は「市場の短期的な動きに過度に反応することのリスク」を示唆するものとなった。Netflixは2022年4月時点での市場の悲観論を覆し、戦略転換により大きな成長を遂げた。仮にアックマンが長期的な視点を貫いていれば、今回の損失は避けられたかもしれない。
今回のケースは、アクティビスト投資家にとっても、市場全体の流れや企業戦略の柔軟性を見極めることが不可欠であることを示している。投資の世界では、短期的な判断が時に大きな機会損失につながることもある。アックマンのNetflix株売却は、その象徴的な事例の一つといえるだろう。
Source:Finbold